kurage_san blog

自分語り。 Twitter → yamicro

自叙と遺書(書きかけ)

 これはまだ書きかけであり尚且つ私には文才がまったく無く、そのコンプレックス故これまで親、恋人、友人から送られた手紙に対して一度も返事を書いたことがない人間であるということをはじめに断っておく。

 

 ガラケーで見るネットからPCでのネットに移ったのは13年前、確かTSUKUMOのBTOで適当に組んだ14万ぐらいのゲーミングPC。

 それから13年間、広がり続けるインターネットの力を借りて多くの友人を得、恋人を得、知識を得てきた私はインターネットが存在しなければとうの昔に自死していただろう。

 これまでブロガーのブログを読んだり自分で書くということをしてこなかったのでどう書くのが正しいのかも分からないが、思うところがあり自分の自叙と残したい言葉を書くことに決めた。

 人に相談する、心を開くということができない私自身が書くことで少しぐらいは救われるような気がしたからだ。

 連絡を取れば一緒に酒を飲める知人や、抱かせてくれる・抱いてくれる異性の存在は肉体的な救いにはなったが、根本的な、根源的な精神の救いには残念ながらならなかった。

 

 

●以下これからまとめていけたらいいなと思うもの

 

ASDであること / 小学校4年生で左顔面麻痺となったこと / 17歳までの引き籠もり生活 / 抜け出してからのジャンキー生活 / 実家を飛び出し上京したことによって救われたこと / 一昨年くたばった帰宅と措置入院を繰り返していた父のこと / 潔癖症から転じてゴミ屋敷の主となってしまっている母のこと / 会えない我が子のこと / 何故こんなことをわざわざブログに書かなければならなかったかということ

 

 いくつかに別けるのかこの一つにまとめるのか日記的に日々書き連ねていくのかすらまだ決めていない。

 いずれにしろここに書かれていくものは結果的にただの呪いとなってしまうかもしれないが、ひとつぐらい何かしらになれるものがあればいいなと思っている。